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東京地方裁判所 平成7年(ワ)24723号 判決 1996年10月18日

主文

一  被告は原告に対し、九五万七一〇〇円及びこれに対する平成七年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  本件火災の原因

(一)  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件火災直後、本件ラーメン店舗厨房内の二口ガスレンジ(以下「本件二口ガスレンジ」という。)の東側火口に、中華大鍋が後方の内壁に接する状態で掛けられており、後方の内壁内側のベニヤ合板が中華大鍋を起点に扇状に焼損し、さらに内側の柱が焼き炭化しており、ここから上方へ延焼拡大した状況が見分された。

(2) 本件二口ガスレンジの後方の内壁は、厚さ九ミリメートルのベニヤ合板の上に厚さ五ミリメートルのケイ酸カルシウムボードを張り、更にその表面にステンレス板が張られているものであった。

(3) 本件二口ガスレンジは、その後方の内壁から一〇センチメートルの距離に設置されていた。

(4) 仙葉ないし原告は、本件火災発生の当日午前一〇時三〇分ころから出火時刻の一三時二三分ころまで、本件二口ガスレンジの東側火口に中華大鍋を掛けて使用し続けていた。

(5) 条例によれば、ガスレンジを、十分な防火性能を有しない壁に接近して設置する場合には、火災予防上、安全な離隔距離を設けるか、あるいは壁の防火性能を高めるべきものとされており、本件火災の他にも、飲食店の厨房内の防火性能が十分でない壁に接近して設置されたガスレンジの炎が壁を加熱し、壁内部の木材が時間の経過とともに伝導過熱して着火し、出火した事例がある。

以上認定の事実によれば、本件火災は、本件二口ガスレンジとその後方の内壁との間に安全な離隔距離が保たれておらず、また内壁表面の不燃材料による仕上げが十分でなかったため、本件二口ガスレンジの炎が後方の内壁を加熱し、内壁の内側のベニヤ合板が時間の経過とともに伝導過熱して着火し、発生したものと推認するのが相当である。

(二)  なお、被告は、本件火災の原因は、仙葉ないし原告が、本件火災発生の当日午前一〇時三〇分ころから出火時刻の一三時二三分ころまで、本件二口ガスレンジの東側火口に中華大鍋を掛けて使用し続けたという異常なガスレンジの使い方をしたことにあるのであって、ガスレンジと壁との間隔が狭すぎたかどうか、あるいはガスレンジ裏の断熱材の強度が著しく不足していたかどうかとは因果関係がないと主張するが、ラーメン店を営業する者が、数時間に亘ってガスレンジを使用し続けることは、一般経験則上予見しがたいほど異常なものとはいえない。したがって、本件二口ガスレンジとその後方の内壁との間の離隔距離及び内壁の防火性能が本件火災の発生と関係がないということはできず、また、本件火災の原因が、仙葉ないし原告の異常なガスレンジの使い方にあると認めることもできない。

3  被告の責任原因

(一)  条例三条の二によれば、気体燃料を使用する厨房設備のうち、ドロップ式こんろ、キャビネット型グリル付きこんろ及び据置型レンジ(以下「ドロップ式こんろ等」という。)を設置する場合の当該機器の設置基準は、次のように定められている。

(1) 当該機器が、日本工業規格又は火災予防上これと同等以上の基準(以下「日本工業規格等の基準」という。)に適合したものである場合、後方の壁面を不燃材料で有効に仕上げをしたとき又は防熱板があるときは、当該機器と後方の壁面又は防熱板との離隔距離は〇センチメートル以上でよいが(条例三条の二第一項一号イ、条例別表第三)、後方の壁面を不燃材料以外の材料による仕上げ又はこれに類似する仕上げとしたときは、当該機器と後方の壁面との離隔距離は一五センチメートル以上とされている(条例三条の二第一項一号ロ、条例別表第四)。

(2) 当該機器が、日本工業規格等の基準に適合したものでない場合、当該機器と後方の壁面との離隔距離は、当該機器の使用温度が摂氏三〇〇度未満であるときは〇・五メートル以上、摂氏三〇〇度以上八〇〇度未満のときは一・〇メートル以上、摂氏八〇〇度以上のときは二・〇メートル以上とされている(条例三条の二第三項、条例三条一項一号前段、条例規則三条一項)。

右条例の規定の存在及びその設置基準に違反して火災が生じたときの結果の重大性に鑑みると、ドロップ式こんろ等の設置を含む内装工事の設計施工を請け負う業者は、当該機器の設置につき、右条例の設置基準に準拠し、当該機器が日本工業規格等の基準に適合するものであるか否か、設置場所付近の壁面が不燃性であるか否か、壁面との間に安全な離隔距離が確保されているか否か、当該機器の通常の使用温度が摂氏何度か等について十分確認し、当該機器の使用によって火災が発生しないよう、未然にその危険を防止すべき業務上の注意義務があるというべきである。

(二)  そこで、本件二口ガスレンジの設置につき、被告が右条例の設置基準を遵守したかどうかを判断するに、本件二口ガスレンジが、日本工業規格等の基準に適合したものであるかどうか、本件二口ガスレンジの通常の使用温度が摂氏何度であったかは、証拠上明らかではない。

しかしながら、仮に、本件二口ガスレンジが日本工業規格等の基準に適合したものであったとすれば、前記認定のとおり、本件二口ガスレンジの後方の内壁は、厚さ九ミリメートルのベニヤ合板の上に厚さ五ミリメートルのケイ酸カルシウムボードを張り、更にその表面にステンレス板が張られていたに過ぎないのであるから、その構造は、建築基準法施行令一〇八条第二号に規定する防火構造より防火性能が低いものと言わざるを得ず、防熱板が設置されていたと認めるべき証拠も存在しない本件においては、結局、後方の内壁の構造は、条例第三条の二第一項一号ロにいう「これ(不燃材料以外の材料による仕上げ)に類似する仕上げ」に該当することになるところ、前記認定のとおり、本件二口ガスレンジは、後方の内壁から一〇センチメートルの距離に設置されていたのであるから、被告は、右条例の設置基準に違反していたことになる。

また、仮に、本件二口ガスレンジが日本工業規格等の基準に適合したものでなかったとすれば、前記認定のとおり、本件二口ガスレンジは、後方の内壁から一〇センチメートルの距離に設置されていたのであるから、本件二口ガスレンジの使用温度が摂氏三〇〇度未満であったとしても、被告は、やはり右条例の設置基準に違反していたことになる。

以上のとおり、本件においては、本件二口ガスレンジが日本工業規格等の基準に適合したものであるか否か、本件二口ガスレンジの通常の使用温度が摂氏何度であったかにかかわらず、被告は、本件内装工事の設計施工に際し、右条例の設置基準に違反して、本件二口ガスレンジを設置したものと認められ、さらに、《証拠略》によれば、被告は、仙波に対し、平成六年一二月一六日、本件建物の補修工事及び補修工事完成までの営業補償を行うことを念書にて約していること(被告代表者は、道義的な責任を感じただけである旨供述するが、補修工事費用が五〇〇万円に上ることを考慮すると、容易に信用できない。)、《証拠略》によれば、被告は、本件建物の補修工事の際、本件二口ガスレンジ後方の内壁内側のベニヤ合板だった部分をモルタル塗りにしていることが認められ、これらの事実を併せ考慮すると、被告には、前記の業務上の注意義務を怠った過失があるという外なく、また、その注意義務違反の程度は重大であり、失火の責任に関する法律所定の重過失に該当するものといわなければならない。

(三)  なお、被告は、調理場の配置及び調理台の設置は、本件請負契約の注文者である仙葉の指示に基づいて決めたものであり、被告には、建築物とガスレンジとの距離を保つ義務の違反はないと主張する。確かに、《証拠略》によれば、仙葉は、本件内装工事の設計段階において、被告に対し、本件二口ガスレンジの設置場所について注文をつけたことが認められる。しかしながら、本件二口ガスレンジの設置につき、注文者が被告に対して右条例の設置基準に違反するような要望をした場合、前記の業務上の注意義務の内容として、被告には、右要望の安全性を確認し、注文者ないしガスレンジの使用者に対し、壁面との間に安全な離隔距離が確保されておらず火災発生の危険があること、あるいは壁面の防火性能を高くするなど火災発生を防止するために必要な措置をとるべきことなどを忠告すべき責任があったというべきである。しかるに、前掲各証拠によれば、被告は、仙葉の注文に対し、その安全性を確認することなく、また適切な忠告をすることもなく、漫然と本件二口ガスレンジを後方の内壁から一〇センチメートルの距離に設置していることが認められる。したがって、被告に、前記の業務上の注意義務を怠った過失がなかったということはできない。

4  原告の損害

(一)  《証拠略》によれば、原告は、平成六年一二月三日当時、本件建物の二階部分において、少なくとも左記のとおりの動産類を所有していたこと、右動産類は本件火災によって焼損したこと、右動産類は、原告が左記記載の日に、左記記載の金額でそれぞれ買い受けたものであることが認められる。

(1) 毛皮敷物 平成六年九月二日 三八万円

(2) 毛皮敷布団 平成六年二月一六日 三六万円

(3) 羽毛掛・羊毛敷・枕・羽毛肌掛・毛皮敷セット 平成四年四月一日 六五万円

ところで、右動産類の焼損による損害額の算定にあたっては、市場価格があれば、右動産類の再調達価格によるべきであるが、右動産類については、その性質上市場価格が形成されているとは考え難く、また、その再調達価格を算定する資料も存しないので、本件における右動産類の損害額の算定方法としては、減価償却資産の耐用年数に関する省令及び定額法を参考とするのが相当である。

そこでまず、右動産類の耐用年数を考えるに、前記省令別表第一によると、床用敷物の耐用年数はおおむね六年、寝具の耐用年数はおおむね三年とされているが、前記認定のとおり、右動産類が、通常の床用敷物ないし寝具に比して、かなり高額のものであることを考慮すると、その耐用年数は、(1)毛皮敷物についてはおおむね一〇年、(2)毛皮敷布団及び(3)羽毛掛・羊毛敷・枕・羽毛肌掛・毛皮敷セットについてはおおむね五年と評価するのが妥当である。

次に、右耐用年数を前提として、定額法によって右動産類の現価を算定すると、

(1) 毛皮敷物については、次のとおり、三六万二九〇〇円となり、

380、000-{380、000-(380、000×0・1)}×0・05=362、900(但し、控え目な計算方法として、耐用年数一〇年の場合の半年の償却率を適用して算定)

(2) 毛皮敷布団については、次のとおり、二九万五二〇〇円となり、

360、000-{360、000-(360、000×0・1)}×0・2=295、200(但し、控え目な計算方法として、耐用年数五年の場合の一年の償却率を適用して算定)

(3) 羽毛掛・羊毛敷・枕・羽毛肌掛・毛皮敷セットについては、次のとおり、二九万九〇〇〇円となり、

650、000-{650、000-(650、000×0・1)}×0・6=299、000(但し、控え目な計算方法として、耐用年数五年の場合の三年の償却率を適用して算定)

右動産類の現価の合計は、九五万七一〇〇円となる。

(二)  なお、被告は、原告に対し、住居確保及び浸水損として、三五万円を支払い、示談が成立している旨主張する。しかし、《証拠略》によれば、二階部分の補修工事中、被告は、原告の住居確保のためにウィークリーマンションを借りて提供したこと、本件火災によって焼損した原告所有の動産類には、前記(一)以外にも、日用品、衣料品等があったことが認められ、かかる事実に照らすと、三五万円の支払いをもって、前記(一)の損害につき、被告と原告との間で示談が成立していたものと認めることはできない。

二  以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、九五万七一〇〇円及びこれに対する不法行為の後である平成七年一二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 庄司芳男)

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